大学院工学研究科博士前期課程 物理工学専攻 2年
森本 和也さん
物理工学専攻 物性?電磁物理講座 磁性グループ(藤井 裕 准教授)では、固体の磁気的性質を基盤にした新しい量子力学的効果の発見を目指しています。新たな現象の観察によって、量子力学に支配される物質の性質を明らかにできれば、今までにない機能や性能を持った物を作り出すこともできるようになります。量子効果が従来の常識を打ち破る形で現われる量子力学的な新効果は、未来の生活に新しい価値をもたらす研究に繋がります。そのひとつが「量子コンピューター」のデバイス開発の基礎研究です。
物理工学専攻 物性?電磁物理講座 磁性グループ(藤井 裕 准教授)では、固体の磁気的性質を基盤にした新しい量子力学的効果の発見を目指しています。新たな現象の観察によって、量子力学に支配される物質の性質を明らかにできれば、今までにない機能や性能を持った物を作り出すこともできるようになります。量子効果が従来の常識を打ち破る形で現われる量子力学的な新効果は、未来の生活に新しい価値をもたらす研究に繋がります。そのひとつが「量子コンピューター」のデバイス開発の基礎研究です。
電子も原子核も「スピン」と呼ばれる小さな磁性を持っています。スピンは量子力学で説明され、「上向き」「下向き」といった状態であることが知られています。このスピンの量子力学的性質を利用して「量子コンピューター」を作ろうとする研究が世界中で盛んに行われています。そのデバイスの候補のひとつが、純粋な半導体シリコン(Si)結晶の中に極わずかに(数万個のシリコン原子に1個の割合)リン原子が入ったSi:PというN型半導体です。この結晶中ではそれぞれのリン原子核(31P)が1個の電子とペアを組んで結合した状態になります。私はこのSi:Pを量子コンピューターのデバイスとして使用するための条件を調べる目的で、Si:P中の電子スピン?原子核スピンの振る舞いを電子スピン共鳴(ESR)という方法で測定しました。
ESRとは、一般に、ある特定の周波数をもつ電磁波を磁場下の電子スピンに照射すると、電子スピンが電磁波を吸収して、スピンの「向き」が変わり、高いエネルギーをもつ状態に励起される現象です。さらに、時間がたつと励起された電子スピンが電磁波を放出して元の安定な向きに戻る「緩和」という現象が起きます。このとき、一定の確率で原子核スピンも“道連れ”にされて、一緒に向きが変わります。高強度の電磁波を照射して電子スピンの励起をたくさん引き起こすと、一方の向きをもった原子核スピンの数が圧倒的に多くなります(動的核偏極。略してDNPといいます)。
原子核スピンのもつ磁性は一般に非常に小さいうえに、本研究のようなSi:Pでは31Pスピンが極わずかであるため、これまで31Pスピンからの信号をとらえることはこれまで不可能と思われていました。Si:P中での31Pスピンの振る舞いには不明な点が多かったのですが、このDNP現象を使うことで数千倍もの信号強度の増大が期待されることがわかりました。また、DNPによって作り出された31Pスピンの向きが一方に偏った状態から緩和していく様子がESRを通して観測し、その緩和を支配する機構を考察しました。
この研究を進める上で、実験装置の開発が必要でした。量子コンピューターを実現するには強い磁場と超低温が必要とされており、そのような極限条件下での測定が出来る環境は他の大学にもあまりありません。私は超低温を作り出すことが出来る希釈冷凍器という装置に、高周波ESRを行えるシステムを取り付け、新たな装置をつくりました。共振器(電気柱の共鳴の電磁波バージョンようなもので、共振器内で特定の周波数の波が大きくなります)の開発から、部品ひとつひとつの特性を測定して、装置を組み上げるのに、4年生の卒業研究から2年間以上かかりましたが、最終的にESR信号の測定にも成功しました。将来的にはこの装置を用いて31Pスピンからの信号が直接観測できると期待しています。
このたび、このような賞を頂けたのは、藤井准教授をはじめ多くの方のご指導、ご鞭撻によるものと深く感謝しております。研究を進めて行く中で、濃密な知識、経験を得ることができました。このことは、自分自身を大きく成長させたと思います。今後は、一社会人として、技術者として、大きく成長できるように努力して行きます。